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郷土の山034(古代山城跡の御所ヶ岳、岩ヶ岳、鷹ノ巣、ホトギ山+古代条里跡)

2022.05.30

■場所:御所ヶ岳、ホトギ山、岩ヶ岳、鷹ノ巣/福岡県京都郡みやこ町犀川木山、勝山大久保、行橋市津積

■諸説ありますが、 七世紀後半(7世紀第3四半期頃)、中大兄皇子(天智天皇)の時代頃、朝鮮半島における「白村江の戦い」(663年8月)で、唐や新羅の連合軍に惨敗した、倭国と百済。
御所ヶ谷城)(御所ヶ谷神籠石)は、国際的緊張、敗戦をきっかけに、危機感から、有時に備えるため、食糧保管や物資補給や中継など、兵站のための施設として、亡命百済人の技術指導を得て、西日本各地に築かれた古代山城のひとつと推測。

標高は246.9メートルで、かこう岩がめだつ岩山。

馬ヶ岳の西側に立地する。

山の形は、南側山麓から見ると、巨石の白いかこう岩の岩場が目玉っぽくもみえ、ゴマフアザラシのゴマちゃんが横たわったみたいな、緩やかなシルエット。
東九州、西瀬戸内一帯の景観が望める、絶景ポイント。

■主な地質は、一億年前頃、中生代白亜紀後期頃の、かこう岩(真崎かこう岩、平尾かこうせんりょく岩)、および、約二億二千万年前、中生代三畳紀頃の、周防変成岩(北側山麓の一部@住吉神社付近の林道御所ヶ谷線脇に、しましまの片理構造の岩石「片岩」の露頭がある)

■険しい尾根や断崖絶壁や谷をつないで、周囲約3キロメートルにわたり、長大な土塁や石塁がめぐる古代山城。7つの門が確認されています。

■山城の範囲内だけ視野に入れたとしても、この山や古代山城について、深く理解できないのではあるまいか?

古代律令国家成立期頃、大和盆地南部の飛鳥宮、琵琶湖の西側の大津宮など、飛鳥時代の日本(倭国)の首都、飛鳥時代頃の国際関係、西日本各地の山城などまで、広域の視点が必要。

北側山麓と南側山麓の地質、周辺の古代官道や古代条里水田や古道との位置関係を頭に入れて、地域の遺跡分布地図、ハザードマップ、地質図、地名辞典、古語辞典、百人一首の一首目(天智天皇の句)などを活用して、学ぶ方法が、古代山城跡を理解するのにいいかもしれません。

■幕末から明治時代の郷土の偉人、教育者、漢詩人の村上仏山にゆかりの深い山でもあり、仏山は、この山からとられた号。山頂の真北、上稗田地区に私塾「水哉園」を開きました。

(地図でみると、稗田地域の南側に御所ヶ岳や御所ヶ谷が位置しており、稗田地域南部に山並みが望まれます。御所ヶ岳と私塾「水哉園」の山あて景観か?)

塾内のみならず、馬ヶ岳や御所ヶ谷など、各地を吟行で探訪するカリキュラムなど、地域の山々や祭礼行事を取り入れた教育が行われていました。

御所ヶ谷には、蔵詩巌や祠(礎石建物跡の場所にたつ石の祠)などがあり、村上仏山による歴史遺産教育普及や保護活動、門人たちによる漢詩史料保存活動などの歴史を、今に伝えています。

■数字や単位は、3、7、10に関連するものが分布する山であり、映画『インディージョーンズ最後の聖戦』的な、諸説紛々の謎解き、歴史探求心を誘う山と渓谷。


■参考文献:井上和人『日本古代国家と都城・王宮・山城』雄山閣2021年発行、森公章『天智天皇』(人物叢書)吉川弘文館2016年発行、後藤宗俊『磚仏の来た道~白鳳期仏教受容の様相~』思文閣出版2008年発行、大宰府史跡発掘五〇周年記念論文集刊行会編『大宰府の研究』高志書院2018年発行、『都府楼第50号特集大宰府史跡発掘50年』公益財団法人古都大宰府保存協会2018年発行、伊東尾四郎『京都郡誌』(復刻版)美夜古文化懇話会1975年発行、古賀武夫『村上仏山を巡る人々』ナニワ印刷株式会社1990年発行、『分県登山ガイド39福岡県の山』山と渓谷社2016年発行、アクロス福岡文化誌編纂委員会編『アクロス福岡文化誌7福岡県の名城』海鳥社2013年発行、加藤陽子『戦争まで~歴史を決めた交渉と日本の失敗』朝日出版社2016年発行
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