トップページ > 京築記事一覧 > 郷土の山あて景観003(大宰府政庁中軸線と基山と大野城の凹凸)
郷土の山あて景観003(大宰府政庁中軸線と基山と大野城の凹凸)

2021.11.14

■場所/福岡県太宰府市、筑紫野市、糟屋郡宇美町、大野城市、佐賀県三養基郡基山町など

九州最大級の古代官衙政庁跡、大宰府政庁。

今年、令和3年、2021年、国史跡指定されてから百年の節目の年。

■筑前の古代の役所周辺山並みと、豊前の古代の役所周辺山並みと比較すると左右逆の構成で、興味深い。
山あて景観+烽地名のある山を見えるように、重要施設の場所が選ばれているのかも。昔の緊急事態を伝える手段は、視野に入るようにしていた古代都市計画の痕跡かも?

■各地の名所旧跡探訪の際、周辺の山並みとの位置関係をよくみると、遺跡を見る目が、変わってくるのではなかろうか。

烽、古代道路、古代山城、古代官衙、周辺景観を組み合わせて、各地が連携していた、古代律令国家の実像を知る上で、比較して探訪するべき国史跡。

■大宰府政庁跡の南門の南側景観は、左に、古代の烽地名の尾根「ひのお」+真ん中に古代山城「基山」の窪み(北東門跡あたりか?)。
[写真1、後殿と正殿から望む南側。正殿の所に3基の石碑が立つ。一番背が高い石碑横の山が、烽地名「ひのお」がある山。漢字「山」や「凹凸」みたいなシルエットを呈する、3石碑脇に見える山並みが、大宰府政庁の方位や関連遺跡謎解きのヒントを与えてくれているのかも。]
[写真2、中門と南門から望む南側。基山の北側尾根。右の高い方は、基山の北西の最高地点、北帝。]

■大宰府政庁跡の北側景観は、左に、古代の烽地名の尾根「ひのお」+真ん中に古代山城「大野城」の水城口城門あたりの尾根+坂本口城門あたりの尾根、窪み。
[写真3、政庁と記念誌「都府楼」52号。]
[写真4、政庁と北側の山並み、左の尾根突起は烽地名「ひのお」。真ん中付近は大野城の南尾根(太宰府市と宇美町の境)。左へ下ると水城の東門へ至る。右へ尾根を登ったら大野城の水城口城門あたり。右の台形の山は中腹の岩屋山]

■大宰府政庁に次ぐ規模、九州最大級の古代官衙政庁跡、福原長者原遺跡南門の南の景観は、門の正面に、英彦山の凹凸(北岳と中岳の間の低い場所か?)+右側に矢留山(古代の烽地名「ひのくま」あり)

■予察→大宰府政庁周辺の名所旧跡関連山あて景観の可能性2ヶ所→

1:水城の土塁の位置(脊振山と大野城の水城口城門あたりの尾根を見通した?)

2:古代官道の水城東門ルート(水城の東門の位置や官道ルート、東門から博多駅の東あたりの直線ルートは、志賀島の東部最高地点と、海の中道の大岳と、立花山[筑前町や小郡市の境の小山]と、耳納連山の鷹取山を見通した?)など。

国土地理院25000分の1地図などでみて、山と名所旧跡と、点と線で結んでみたら関連山あて景観なのかもと推測。
PAGE
TOP