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古代の京築5 国のしくみ(猿田彦、八幡神、呪術、道教、儒教、仏教)古い神社

2021.07.16

猿田彦族】南方から海を渡って、九州を西回り、東回りの「海からのルート」で訪れたとされます。猿田彦族は、釈迦族の金属族で、稲作・鉄・青銅器を伝えたとのことです。教えは、「正義・道理・真如など」です。
八幡神】神は、畏敬のものを対象にしました。海や山、自然災害、疫病、大火などは、恐れるものであり、山や高木に神が宿るとし神社が建てられました。八幡神は、「北部九州発祥で、地域の守り神から広域の国家の神に発展した」とのことです。神を王の祖先と同一視し、民が神を崇拝することで、国が安泰になることです。
鬼道による呪術と道教】「王は、鬼道よって、豊作祈願や疫病撤退などを行い、まつりごとを進めた」とのことです。鬼道は、呪術(霊能力)による民間信仰であるという説と道教であるという説があります。呪術は、銅鏡を使って行ったと考えられ、北部九州では、王の死後に、銅鏡を古墳に埋葬する習慣がありました。
道教は、2世紀半ばころ、後漢(25~220)の末期に生まれました。仏教・儒教をミックスして老子の教えが加わったという、不老不死の神仙思想です。日本でも、「英彦山などの修行僧が祈祷で民を救う山岳信仰と伝わった」と考えられます。のちの密教(真言宗・天台宗)との共通点もあります。
儒教】儒教は、漢の時代に確立していました。血族関係を重視した教えです。豪族は、20年から60年で権力闘争などで衰退しますから、争ってばかりいれば国は崩壊します。の高い人に「国を平和的に譲る」のも儒教の考えかたです。
仏教】仏教は、538年に大陸から伝わりました。北魏の王(500年頃の復興仏教)のように、「仏と王を同一視することで、仏教を信じる民は救われ、国家が安泰となる」とのことです。仏教が伝わると各地に古墳の代わりに寺院が建てられました。
北部九州東寄りの古い神社
宗像大社(宗像市、交通安全の神、370年頃より祭祀)
・宮地嶽神社(福津市、商売繁盛の神、400年頃)
和布刈(めかり)神社(北九州市門司区、200年頃)
・岡湊(おかのみなと)神社(芦屋町200年頃)
・浅木(あさぎ)神社(遠賀町浅木、300年頃)
八剣(やつるぎ)神社(水巻町立屋敷、100年頃)
・埴生(はぶ)神社(中間市、300年代後半)
・篠崎(しのざき)八幡神社(小倉北区篠崎、584年)
蒲生(がもう)八幡神社(小倉南区蒲生、小倉で最古の八幡神社)
宇原(うはら)神社(苅田町馬場、200年以前)
・大祖大神社・今井津須佐(いまいづすさ)神社(行橋市元永、紀元前)
金富(きんとみ)神社(築上町湊、京築最古の八幡神社)
・豊日別草津神社(行橋市南泉、541年)
大富神社(豊前市四郎丸、200年以前、祭神は宗像・八幡・住吉大神)
英彦山神社(田川郡添田町、山岳信仰、531年)
豊前坊髙住神社(田川郡添田町、大天狗の宮、531年)
・香春(かわら)神社(田川郡香春町、300年頃、702年再建)
宇佐神社(宇佐市、豊前国の一宮、725年)
☆写真は金富神社(築上町湊)の猿田彦・庚申塔です。江戸時代、点在していたものを道路工事の時に集めたとのことです。密を避け騒がないようにしましょう。来た時よりも美しく!
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