トップページ > 京築記事一覧 > 郷土の山あて景観004(古代防衛施設の水城と脊振山と大野城の水城口城門)
郷土の山あて景観004(古代防衛施設の水城と脊振山と大野城の水城口城門)

2022.10.31

■場所/福岡県太宰府市、大野城市、粕屋郡宇美町、春日市、那珂川市、福岡市、佐賀県など

■飛鳥時代の防衛施設「水城」。古代の歴史書「日本書紀」の天智紀、664年に記録があり、長大な土塁、堀、木樋、望樓、門、官道などからなる遺跡。

■ひのお、ひのくま、き、きやま、などの地名と関連ある古代遺跡、近現代の福岡県の戦争遺跡、現代の九州の防衛施設などとともに、地図上で位置確認したり、あるいは現地探訪して学ぶと、地域の戦史、福岡県の地政学上の重要性について、理解が深まるのではあるまいか。

■一番長いのは、大野城市から太宰府市にかけての、長さL=約1.2キロメートル。

福岡県春日市、佐賀県基山町など、周辺の谷間や尾根をつなぐ、小水城もあり、飛鳥時代の国際的緊張による、築造がしのばれる防衛施設。

■古代の土木作業に従事した人々、古代から現代まで遺跡を保護し、語り継いできた方々のおかげで、名所旧跡が今日見られることに感謝。(2022年10月の景観)

■写真1(北東側の水城口城門へ向く、水城の土塁。写真左の電柱上あたりが大野城の最高地点、大城山。写真左の山並み、丸い尾根が大野城の水城口城門のある尾根。丸い尾根の右下の隆起が烽地名のある尾根「ひのお」。弓矢の勢いが弱る距離を考慮した幅約60メートルあったとされる外堀周辺には、コスモスが植えられております。内堀側にもコスモスが植えられており、来訪者多数でした。)

■写真2(水城東門の東側丘から西側を望む。土塁の延長線の遠方に、脊振山あり。)

■写真3(看板「丘からみた水城跡」)

■写真4(水城跡の東側へ尾根を登ったあたりから南西側を望む。脊振山へ向け延びる水城の土塁。)
PAGE
TOP