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郷土の山011(平尾台の大平山)

2018年08月08日

■場所:福岡県北九州市小倉南区新道寺

■地質は石灰岩(写真1:大平山山頂の標高は、586.5メートル)。

■平尾台の北西部、吹上峠を起点に、九州自然歩道経由で、距離約1.3キロメートル。

北九州と東九州の景色や地形や山々を知ることができる景観ポイント。

■写真2:吹上峠を東へ登ってゆくと、九州自然歩道沿線には「陸軍用地」と刻まれた境界石があり、かつての陸軍の「平尾台演習場」時代の名残が点在。

尾根からは、北側に、響灘や島々、北九州市の若戸大橋、紫川河口周辺の市街地や工場地帯、北西側に帆柱山や皿倉山や石峰山や高搭山、北東側に妙見山や足立山などが望めます。(標高500メートルあたりの九州自然歩道沿線の尾根より望む北側景観)

■写真3:大平山山頂南側の景観は、眼下に「羊群原」と呼ばれるピクナル(石灰塔。白い丸みを帯びた石灰岩が羊の群れのように分布。)やドリーネ(石灰穴。窪地。例:大平山の南麓にある上穴や下穴)など、カルスト台地特有の地形が展開します(平尾台:国の天然記念物)。

約3億5000万年前の古生代に赤道付近の海底の生物(珊瑚礁)などでできた石灰岩がルーツ。

地球のプレートなどにより石灰岩は移動したとされ、
つめがのびるくらいのゆっくりとしたはやさで、時間をかけて移動。そして、かつてのアジア大陸の端付近のプレート境あたりでできた周防変成岩[約2億2000万年前に形成された泥質片岩等。しましまの片理構造をもつ岩石「片岩」は高い圧力により形成された高圧型変成岩。]に合体したとされます。

さらに、約1億年前の中生代白亜紀後期には、地下深くの溶岩(花崗岩)の貫入による熱の影響を受けて溶けて、再結晶、ホルンフェルス化。平尾台の場合、溶岩の熱で石灰岩が溶けた影響で石灰岩の中に化石がみられなくなったらしい。固まってから、後の時代にだんだん隆起し、風化が進み、雨水などに溶かされて、ドリーネや鍾乳洞などができ、かたちが変化してきた地形。

遠くには、京築地域の馬ヶ岳や飯岳山や大坂山、県境の英彦山山系、古処山系、遠くは大分県の由布岳など。

■写真4:東側は、中峠、周防台、桶ヶ辻など。中峠の向こうに、瀬戸内海側の沓尾、姫島、国東半島(くにさきはんとう)の一部など。「豊の国」から突きだした崎が展望されます。

※景行天皇が周防国から南側(九州側)をみて、「国のさきか?」とおっしゃった伝承が地名「くにさき」の由来なのだとか。(『豊後国風土記』に記載された国埼郡地名説話)

■参考文献:『季刊のぼろvol.16特集飛び込め!花の平尾台』西日本新聞社2017年発行、豊嶺会編『国東半島山ガイド』佐伯印刷株式会社2018年発行、『風土記』(新編日本古典文学全集5)小学館1997年発行

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