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「筑紫君磐井と豊前」を語っていただく

2018年02月18日

平成30年2月17日(土)

豊前市自然と文化財を守る会文化講演会
「筑後国風土記(逸文)にみる筑紫君磐井と豊前」
    岩戸山歴史文化交流館長 川述 昭人氏

「自然と文化財を守る会」で岩戸山古墳を訪れたさい
のお約束が実現。(こちら)

磐井君一族の奥津城であったと考えられている八女丘陵は
前方後円墳12基、装飾古墳5基、の約300基の
古墳が築かれているそうだ。(5世紀前半頃から7世紀初頭まで)

最初「石人山古墳」(磐井の祖父)が磐井の墓と思われていたが
「岩戸山古墳」(自分の墓)がただしいのではないか?
円筒埴輪列や石人・石刀・石靫などが出土。

527年ヤマト王権に対抗「磐井の乱」後、勢力は衰えて行き
火・豊と手を組ながら生きていったのでは。
(豊前の求菩提山に逃れてきたのでは?)
豊の国(現在の福岡県東部、大分県)

乱の終了後、各地にヤマト王権の直轄地「屯倉」が各地に設置
磐井の乱は古代国家形成のためには避けて通れなかったのでは。

メイン画像:館内を説明、川述館長
サブ画像: 館内の展示品 石人・石馬など

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