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二先山と甲冑文化

2019年02月28日

苅田町の海に近い大きな古墳は、北から石塚山古墳、番塚古墳、御所山古墳とありますが、その南に二先山129.6mがあります。京都平野は、長峡川、今川、祓川の堆積土砂で広がりましたが、「古代の海岸線は、湾状で、二先山、簑島、沓尾山に守られた穏やかで良好な港であった」と考えられています。
【甲冑文化】初期の頃の甲冑は石塚山古墳、ビワノクマ古墳、稲童15号墳で発見されています。5世紀は大陸では北魏(北朝)、宋(南朝)、高句麗、百済、新羅、加耶が栄えていた時代で、京築にも様々な大陸文化が伝来したと考えられます。中期型の甲冑は、御所山古墳、竹並(行橋市南泉)や花熊(みやこ町犀川花熊)などの今川周辺、馬場代2号墳(行橋市馬場)、稲童21号墳などで、発見されています。
☆写真は、今川大橋から二先山を望んだものです。

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