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郷土の山015(等覚寺の権現山)

2018年09月03日

■場所:等覚寺の権現山/福岡県京都郡苅田町山口(白山多賀神社、山王権現、等覚寺城跡等)

■地質は、花崗岩(平尾花崗閃緑岩)。

■平尾台の東側中腹、等覚寺地区の北谷と本谷の間あたり、南北に長い尾根上に、こんもりとした鎮守の森があります。

国土地理院1/25000地形図「苅田」でみると、権現山がある場所は、高城山山頂のほぼほぼ西側に位置し、広谷台山頂のおおよそ東側という位置関係になります。

英彦山六峰のひとつ「普智山等覚寺」の中心地。

道路沿いに鳥居などがある地点、標高264メートルあたりから、花崗岩の巨石が点在する斜面を登ります。約150段、参道の階段をのぼると、白山多賀神社や山王権現が鎮座する「権現山」。標高約304メートル。境内にたくさんある巨木が、厳かな雰囲気をつくりだしています。

春の祭礼「等覚寺の松会」が行われることで知られます。平尾台周辺は、山伏が修行で峰々をめぐっていた地域。

戦国時代には、中世山城であった名残が、神社境内の段々の平坦な「曲輪」、斜面にある畑の畝のような空堀跡「畝状竪堀群」などにみられます。平尾台北側に拠点「長野城」〔所在地:北九州市小倉南区。長野緑地南側、東九州道の長野トンネル周辺に山城が立地。〕があった企救郡の長野氏などが京都郡北部の抑えとしていた山城でもあった山。

古くより、干ばつの際、雨乞いが行われていたようで、江戸期の鳥居に刻まれた文字、境内の昭和9年の大干ばつに伴う雨乞い祈願関連石碑などからうかがえます。

平尾台を水源とする白川、小波瀬川、長峡川などが流れる京都郡。農業の困難な場面で、水に対する祈りが京都郡中あげて行われていたことが伝わってきます。

■写真1(平尾台山麓の白川流域の白川米の産地である水田地帯から望む「権現山」。右奥の送電線鉄塔が並びたつ山は、水晶山系。)、

■写真2(白山多賀神社鳥居や山王権現)

■写真3(権現山北西側斜面、道路沿い景観。紅葉が色づきつつありました。2018.09.03)

■写真4(実りの秋をむかえつつある等覚寺地区の棚田景観。背後の山々は高城山系〔高城山、諫山、大久保山、大平山[一番右のとがった山]〕)

■参考文献:伊東尾四郎編『京都郡誌』〔復刻版〕美夜古文化懇話会1975年発行、小野剛史『豊前国苅田歴史物語』花乱社2016年発行、福岡県の城郭刊行会編『福岡県の城郭―戦国城郭を行く―』銀山書房2009年発行

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